2018年10月03日

民営化のツケを払う時

首都圏の鉄道をすべて止めてしまうとは、鉄道会社もなかなかやるもんである。
そこまで安全マージンを多く取っておきながら、翌朝の運行は乱れに乱れた。
計画運休など、体のイイサボタージュとしか思えない。
あの最中、なにがなんでも目的地に向かわなければならない
そんな危機迫る人たちの都合など微塵も考えず、もっと言えば利用者の権利などまるで考えず
鉄道会社は首都圏の鉄道をすべて止めてしまった。
そんな無責任な鉄道会社に対して、マスコミはどこも寛容、あるいは無関心なようで、
翌日の鉄道会社社長の記者会見もまるで緊張感のない、随分ノンビリしたものだった。

公共の足を預かる身なら、本来なら何が何でも、石にかじりついても運行を続けるべきだ。
それじゃぁ安全が担保できないというのは本末転倒で
安全を確保したうえで国民の足を確保するのが公共交通としての本文のはずだ。

こんな事態が起こることは、JRが民営化した時にすでに想像できたはずだ。

日本の各地に網の目のように鉄道網を敷き、次世代の特急電車
果ては弾丸列車なる新幹線を計画、敷設した国鉄は、結果膨大な赤字に陥ったけれど
考えてみれば当然に思えるし、でもそれを許さなかったのは誰あろう国民であり
経営効率を最優先にと望んだのは国民だった。
結果、地方に新たな鉄路は敷かれなくなり、不採算路線は急速に閉じられて行き
災害で分断したローカル線ですら採算性を盾に放置されたままのありさまだ。

こういう様を国民は国鉄民営化とともに選んでしまった。

権利ばかり主張し、義務を後回しにしてしまうのは現代人の風潮に思えるけれど
公共交通もまさしくその典型に思える。
それによって利用者たる国民はどれだけの恩恵を享受しているのだろう?
骨太な精神を持ち合わせ、日本の公共交通、鉄路を切り開いてきた。
そんな人たちはもうこの日本では絶滅してしまった感があるが、
結局は国民が選んだ道なのだから、誰に文句も言えないということなのか?

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posted by プロデューサー at 21:08| 暮らし